犬の散歩に、ご用心
私は伸さんと結婚してからすぐにゴールデンレトリバーのゴン太郎を迎え、次は同じゴールデンレトリバーのグーすけ、今はノーフォークテリアの茶々丸と暮らしている。よってワン3代という長い毎日の散歩歴もある。
そんな毎日の散歩の時のお話で、2代目ゴールデンレトリバー「グーすけ」の頃のこと。
毎日の犬の散歩も同じコースだと飽きるので少しだけ違った道を歩いたりする。でも、まさか、それがこんな恐ろしいことになるとは思ってもみなかった。
私が子どもの頃、通っていた懐かしい小学校に面して公園がある。よくある下町の風景だ。
大きい通りに面しているのは小学校の方で、公園は反対側の路地に面している。夜になると薄暗い。
その夜の犬の散歩では、なんの気なしにその路地を通ることにした。
路地とはいえ、公園の向かい側は人家や小さな会社など、下町でござる!とばかりに、ごちゃっと隣接している。だから人気が感じられないと言う訳ではない。
しばらく進むと向こうから中学生らしい少年が目深に野球帽をかぶり、ヘッドフォンで音楽を聴きながら、バットを肩に担いで歩いてくる。暗いせいか、まったく顔は見えない。
すれ違った瞬間、やけに暗い印象がうぅ〜と通り抜けた。ふっと振り向くと誰もいない?
えっ、あの子は、どこに行った???
そう思った、その時、カキーン カキーンと、公園からバットを振る音が聞こえてきた。
公園の入口は、この路地に面しては2か所ある。手前の入口を通った時に、誰もいないなと思ったのに、誰かいたんだな〜。そう思った瞬間、カキーン カキーン 音が耳のすぐ近くで聞こえてきた。
どきっとする。何かがおかしい。
急ぎ足で、その公園の前を通り過ぎようと焦った。
もう、おイヌ様だのみだ。なんだろうね〜!変だよね〜!と話しかけながら名犬グーすけをぐいぐい引っ張る。路地に隣接する公園の距離(長さ)は、およそ80m。その両端にある2つの出入り口の、もう一方が近づいてきた。
恐る恐る覗くが、やっぱり公園には人の気配はない。
その途端に、カキーン カキーン ・・・大音量で響き渡る!
ゾーッとして、出入り口を覗いた視線を正面に戻す。もう目が点だ。ぼう然とした状態のまま、ふらふらと歩き出す。
数メートル先で、路地は少し広めの通りと交差している。その角から、先ほどの中学生らしい少年が、また曲がってきた。いくら何でも、まだ2〜3分しか経っていない。反対側に向かって歩いていった少年が、ここからふたたび歩いてくるなんておかしい!
少年は私たちがいる路地を、私たちが歩いている方の側に渡って、こちらに進んで来る。やはり顔は見えない。
わ〜、グーすけを思いっきり引っ張ったら、彼は何かを察したのか、ジャンプして私の前に躍り出た。そのまま、今度はグーすけが私を引っ張って、その路地を反対側に渡りながら、数メートル先の角を曲がった。
もう、私たちは振り向かなかった。
少年は、追ってくる様子もなく、カキーン カキーン の音も止んでいた・・・。
ほっ〜として、今日は、もう帰えろうね。と、先へ行くのをやめて、少し大回りの帰り道へと向うことにした。
この頃の相棒(犬)、「グーすけ」の洞察力、判断力、大人の対応には感謝した。
もし、あのまま直進していたら・・・。少年と真っ正面からすれ違うことになる。
少年の顔を見ることになったかも?
あ〜、考えただけでも恐ろしい。
グーすけ、ありがとうね。と、胸を撫で下ろしながら、いつもの帰り道へ出る。
グーすけも少しほっとしたのか、路面をクンクンしている。
ごめん!もう少し散歩したかったのかな?
わが家へ向かうこの道は一方通行なのだが、結構ひろい。まだその頃は、町工場の合間には、八百屋さんやお風呂屋さん、お菓子屋さん、おそば屋さん・・・など、昔ながらの店が点在していた。一方通行で車の通りが少ないからか、夜になると開いているのがお風呂屋さんだけだからか、兎に角、ガランとした通りだ。
ぽつぽつ歩いてもう少しでおそば屋さんの前にさしかかる頃、急に後に響いた チャリン チャリン という音に振り返ろうと、頭を左に向けかけた時、まるで昭和初期っていうイメージの自転車の前輪および前車体部分が、ぬうっと、目に飛び込んできた。
自転車のハンドルを握っていた男の腕が伸びて、私をつかもうとする。顔の表情はケタケタ笑っている感じ。
あれ〜、危ないかも!と思った瞬間に、さっきまでクンクンしていたグーすけが、思いっきりヒモを引っ張ったので、私は右前のめりになりながら1歩か、半歩か、トンッと前へ出た。
自転車の男の肘がドーンと腰にぶつかって、私はそのまま転んでいく。
目の前に飛び出てきた自転車は、黒くて太いフレームの、昔、お米屋さんとか、酒屋さんとかが使っていたようなもの。乗っている男は、酒屋さんなどの前掛け姿のむか〜しっぽいおじさんだ。
おじさんは、私の顔を見ると、今度はゲラゲラと大きな声で笑いながら、自転車ごと透けて、消えていった。
え〜、夢じゃない、落語じゃない〜!と思いながら、グーすけと、家まで突っ走り、ハアハア言いながらたどり着くなり、夫の伸さんに、今の体験を息せききって説明すると・・・、今日はお盆の御中日だよ!と言われて、あ〜、この下町は、多くの人が亡くなっている場所だものね。
からかわれちゃったのかな〜。と、何となく納得して、とりあえず、2度ものピンチを救ってくれた、賢いグーすけにお礼を言って、ほとほと、君が一緒でよかった!と実感した。
「完」
それにしても、何で私ばかりがこんな目に、遭うのだろう?