モデル撮影の現場

その日は、きらびやかな宝飾品のモデル撮影とあって、スタッフみんなの気持ちも浮き立っていた。

・・・というのも、モデルはもちろんだが、メイクも、スタイリストも、カメラマンも、私の助手であるデザイナー2名も、女子ばかり、ディレクターの私も含め女ばかりの賑やかな中に、営業の男性がひとりという状況で都内某所の撮影スタジオに向かったのだ。

さて待ち合わせの場所からスタジオはすぐ近くにあった。

普通の家・・・、いやそれにしては大きく、広すぎるな~と思ったのが、外から見た印象だった。

中に通されると、古い佇まいの旅館のような印象を受けた。

それにしても、暗~い。この暗さは・・・、まさか!

ちょっと嫌な予感が頭をかすめる。

「手前の方は、デザイン関係の事務所になっているんだけど、この先に離れみたいになった場所があって、そっちがスタジオなんだよ。」

営業の男性はそういいながら、 私たちチームを、どんどん奥の方へと案内していく。

薄暗い木造で、ちょっとした迷路のような長い廊下は、ところどころで細い廊下とまじわっていた。

そんなふうなので、どこから一緒に歩き出したのかはわからないが、ここの主か、古くからの使用人なのか、和服の中年過ぎの女性が合流していて、一緒に付き添っていてくれた。

先ほど「手前の方は、デザイン関係の事務所になっているんだけど、この先に離れみたいになった場所があって、そっちがスタジオなんだよ。」と言った、先ほどの男性の言葉に、しばらく間を置いて、途中の廊下から付き添っている和服の女性が答えるように、「ここは、造りが変わってるんですよ、もとは、まあ、旅館のようなもんだから。」と、付け加えた。

ふたりの説明を聞いて、私は半分納得。残りの半分は、なにかしら違う気がしていた。

それにしても、柱やコーナーに、やたらとお札が貼ってあるのが気になった。

スタジオにつくと、またお札が2、3ヶ所に貼ってあり、ちょっと考えさせられる。

このスタジオも、今でこそロフトという造りがあるけれど、この建物が造られた時代にそういったつくりを取り入れるなら、逆にもっと豪勢に魅せるだろう。その意図が図れない不思議な造りだった。 

いったい、ここは?

ふと気がつくと、 お茶でも汲みに行ったのか、和服の女性の姿が見あたらない。

まぁ、そう思う暇もなく、私たちは今日の準備に取りかかった。

モデルのメイクも整い、賑やかに、そして順調に午前中の撮影は進んだ。

昼休みに入ると、廊下の先に、今朝の和服の女性の姿が見えた。

そして、その先には、まるで遊女のような出で立ちの和装の若い女の姿が見える。

どうも同じような出で立ちの女性がチラチラ見え隠れしているので、何人かの女性がいるようだが、このデザイン事務所はいったいどんな仕事をしているのだろう。

その日の私は、自分でも不思議なくらい食欲がなくなっていた。お弁当をかき混ぜながら、私のサポート役のデザイナーの女子ふたりに、

「ここの女の人は、着物の人が多いのかねー」と話しかけた。

着物???

ふたりは目を合わせて不思議な顔つきだ。

だって案内してくれたおばさんも、あそこに立っている人も着物じゃないかいか!

ふたりは私の指し示す方向へ目をやって、また不思議そうに首をかしげて

ハッとしたような顔つきで私の顔を真正面から見つめている。

私は、あれ?うっ、と察して・・・

その話はそこまでで、午後の撮影に切り替えた。

スタッフの女性たちは指示どうりにてきぱきと、仕事を進めていく。

私も、時々、モデルのポーズに悩んだりしながら、彼女たちのモチベーションを高めつつ、少しは笑いも入れて進行させていった。

そして、撮影も、そろそろ終盤へとさしかかった時。

かなり上部から、首もとのネックレスを撮るというアングルになり、カメラをさっきまでより高くあげることになった。

カメラ位置を決めるので私は自ら、梯子のような台に乗り、天井に近づいた。

ファインダーを覗く・・・。

モデルの顔の見えかた、ネックレスの見映えなど、ファインダーの中から確認していく。

「あ、これでOKだね!」とカメラから離れようとした瞬間、ファインダーのすみに、なにかしらおかしなものがチラリとのぞいた。

そのまま、カメラから目を離して、今、なにかが写った方向へと自然と目をやる。

ロフトのようになっていた場所に遊女のような女がうつ伏せになっている。

私はそれから目を外せないまま、梯子を降りて、今度は女を見上げるような角度になった時、その女がぬっと顔をあげた。

それは口元にベットリと血を吐いたままの、今にも死にそうな悲しい顔でこちらに何かを訴えかけるようにじーっと見ている。私を見ている。

私は、あーっと、思ったまま、カメラマンの女子にその場を譲らなくてはならないので、一歩下がって、振り向いた。

すると、今度は天井に掛かる太い柱に着物の紐を解いて首を括った女が、こちらを見てニーっと笑った。

廊下を見るとさっきの和服の女性が、ちょっと勝ち誇ったようにして腕を組んで私を見ている。その先にはたくさんの女たちの姿が見えかくれしている。

だが、現場のスタッフは何にもない顔で次の指示を待っていた。

そう誰にも見えていないんだ!

ここは乗りきるしかないんだ!

終盤のカットが終わり、夕食は外でみんなで食べよう!ということになって、スタッフは大きな荷物の片付けに入った。私は皆の様子を確認しながらスタジオを見て回った。

ここはスタジオにするために、敷居や何かを取っ払った部屋のようだ。ロフトのようなのは、たぶん大きな布団部屋だろう。

そしてきっと、ここは遊郭、もしくは廓だ!

皆の支度が整い帰ろうと、今朝ほど通された廊下を玄関へと進む。

帰してなるものかと、遊女たちが渾身の力を込めて私を引っ張ってくるので、体が圧迫されて物凄くだるくなってきた。

女たちは狂ったようにして襲いかかってくる。

着物ははだけ、口から血が流れ、目がつりあがって、それは物凄い形相だ。

「どうしよう?」 

そう思いながら、なんとかレストランにたどり着いた。

だが、女たちの念のようなものは、私の体にピタリと張り付いたまま離れない。しだいに気が遠くなっていくのを感じる。不味い!倒れそう・・・

側近の女子に具合が悪くなったとだけ話してタクシーを拾える場所まで案内を頼むことにした。

その時はすでに11時を過ぎていたと思う。

結局、このスタジオをよく知るカメラマンに任せて、スタッフには悪いが先に引き取ることにして外に出た。

スタジオから少し行くと、祭りでも有名な某神社だ。

スタジオは、この神社のちょうど裏にあたるらしい。要するにスタジオは、この神社を背負うように建っているのだ。私は吐きそうになりながら、真っ暗な神社を抜けて通りに出るとタクシーに這うように乗り込んだ。

その後、私は高熱にうなされ3日くらい寝込んでしまった。

昔、あの場所で何があったのか。

聞くまでもない、女は使うだけ使われて病死したり、首を括ったりしたのだろう。

どうもそういう場所だということを現在の主も知っているから、お札がべたべた貼ってあったのだろう。

最も主は不在でデザイナーの事務所として貸し出しているのだが。

私はそれから、二度とあの場所へは近づいていない!

このお話しは、これで完結! 

翌日、寝込んでしまったわたしのもとへ、カメラマンの事務所の社長がお見舞いに来てくださった。とっても優しいかたなのだ。かなり心配してくださったようで、自分の体質が憎らしい。

とてもやさしい方なのですよね。

彼の話によると、あのスタジオは、やっぱりちょっと不吉な噂がある場所のようで、申し訳ないと言ってくださるのだが、どういう謂れなのかはわからないと見えて

 むかし、旅館か何かだったみたいで・・・、というお話ししか聞けなかった。

その後、元気になってから、このお仕事の営業の男性に別のお仕事で呼んでいただいた際に、例の撮影の件では申し訳なかったとお詫びを申し上げて、「途中で帰るなんて鬼の霍乱かと思ったでしょう・・・。」なんて、話しをしていると

「いやー、あそこは、俺も、怖い場所で・・・」

彼は、前にもこのスタジオを使った経験があるようで、いろいろと嫌な感じを持ってはいたみたいだが、はっきりしたことはわからないようだった。

ただ、「しのぶさん、大丈夫かな?」と、撮影前から随分心配していたようで、ここしか開いていなかったんで、とかえって誤られてしまった。

兎に角、お札がべたべた貼ってあることだけでも、不気味だよね〜。って最後に顔を見合わせて、二人でため息をついてしまった。

私が見た風景が、間違いないものであると、何となくその場で悟った。

違和感を持ったことが膨らんで、想像力が働いたのか、本当に不思議で怖い出来事でした。