叔母をみとる 第6話 連帯保証人

自宅へ帰るなり私は、息急き切って夫の伸さんに、今日の出来事をすっかり話しだした。まずは相談というよりも、びっくりした気持ちを聞いてもらいたくて、事細かに話していった。

しかし伸さんは、う〜ん、そうか、大変だったな〜。と言って熱心に聞いてはくれたものの、あまり驚く様子はなかった。

不思議に思って問いてみると「今は、ああいう店は難しいだろうからな」と言うのだ。

私としては、いくら泥棒が入ったと言っても、まさかふみ子の全財産がすべて消え去ったとは到底思えない。今は繁盛してなくても、代々積み上げた叔父の家の財産とふみ子のお金は残っているだろうから、生活に困るわけはないだろう。そう考えていたので、現金購入しない叔父の意向や、借り入れするという要望には、皆んなが驚くものと思っていた。

話が終わると伸さんは、普通に考えればヤメておくべき。お前もそう思うだろう。と言った。それでも迷うと言うことは、お母さんと弟に話してみよう。と言うことになった。

私の弟は、やはり驚かず、伸さんと同じような態度だった。

そこで母と私たち3人でとっくりと話すことになった。

「ふみ子さんは、払えるお金は持っていると思うよ。それでも借りたいと言うのだから、やってやれるものならば、やってあげなさい」というのが、母の意見だった。

母は、昔、ふみ子と仲が良かった。私が子供のころ、まだふみ子が独身でしょっちゅう一緒にいた頃のたくさんの思い出話が母の口からこぼれ出てきた。

そして、何よりも、父が亡くなる前に言った「ふみ子を頼む」という言葉が私の胸に刺さっていた。

伸さんと弟は、母の言葉とそういった私の様子を察して「ま、やってあげたら・・・」とすすめてくれた。

ほぼ気持ちは決まったが、父の代の話なので、やはりそちらに相談しようということになって、もうひとりの父の妹であるあさ子に電話をした。

話の相手はあさ子の夫である。この義理の叔父はとても穏やかで優しい人だ。

でもその時は「世の中にはやってはいけない、いくつかのことがある。その一つが、連帯保証人だ!」といって、どんなにふみ子が可哀想でも、やってはいけない。それになぜ、代の違うおまえに頼むんだろう。ふみ子の夫は江戸川が地元である。土地に親族もあるし、どうも話がおかしい。ヤメておきなさい。と私のために話をしてくれた。「考えます。」と言って、電話を切った。

私はその叔父の言うことは最もで、確かにふみ子の家の近くには、嫁ぎ先の親族がいる。それなのに何で、私に頼んできたんだろう。と思うようになった。どうも腑に落ちないので、しばらく間をおくことにして、こちらからの回答を避けた。

すると2週間もしないうちに、またふみ子の方の叔父から「信用金庫が会いたいと言っているので一度合ってみてほしい。」と言う連絡があった。

またその週末、江戸川の叔父の家に向かうことになった。

しばらく雑談をしていると、店に二人の男の人が入ってきた。◯◯信用金庫の担当者だった。座敷に上がって向かい合わせになると、すぐに書類を見せられた。

貸付の契約書だった。

「私は、◯◯信用金庫さんが会いたいと言っていると叔父に言われて来ただけです。」と言うと、今日が契約日だ。と言うことだった。

「まだ叔父から相談を受けただけで、そう言った話にはなっていない。私の方でもいくつか聞きたいこともあるので会いに来ました。」と言って、逆に質問をしてみることにした。

  • まず、この土地購入の目的は今のあの家を売買することにありますが、売れますか?
  • 今までもずっと取引をしてきて叔父と叔母と、この店のことは、わかっていると思いますが、この歳になった今のこの二人に返済能力があると判断できますか?

すると◯◯信用金庫は、この2つの問いに、この家は十分売れる、ただ土地が借地だと売りにくいのでそのためにも購入が必要。また仕事でもメインバンクとしていただいており、諸事情は知っている。その◯◯信用金庫の判断として、返済能力はある。と言ったのだ。

「だったら、連帯保証人はいらないじゃないですか。万が一、何かあれば、土地建物がおさえられるんだし、その家屋は売れるんだから・・・」と言ってみた。

すると待て待て、と言う感じで、一応は必要なんです。ご心配はないかと思いますが・・・。と言うのである。

こんな一杯食わされたような状態ではよくないし、あまりにも急である。そこで書面を借りて、家で相談するとして、今日のところは持ち越しとした。

◯◯信用金庫が帰った後「おじさんの親戚へは相談したの?」と叔父に聞いてみた。

「いや、俺には親戚と呼べる人はいない。ふみ子の親族も同じだ。お前しかいないんだ。」と言われてしまったが、やはり釈然としないものが残る。

何で、同じ代の親族がたくさんいるし、甥・姪もたくさんいるのになぁ。と思いながら帰路に着いた。

帰って家族に今日の一件を話すと、皆んな非常に怒っていた!そして、よくその状態でペタンっと押してこなかったな。よくやった。と、書類にサインしなかったことを褒められた。

ただ家族皆んなが、それぞれの頭の中に「?」が段々と大きくなっていくような違和感を感じていた。

その翌週は、何度も叔父から電話があった。伸さんも弟も仕事にならないと迷惑がっていた。

最後、もう一度母に確認すると「自分はわからないが、やれるものならば、やってやれ!」と言うので、「お父さんの遺言みたいなものだからね。」と私も同意した。そういうことで、またその週末、叔父のところへ行って「絶対にすぐに家を売ってね。借金は自分で返してね。保証人と言っても形だけだよ。」と叔父に言いつつ、契約を交わしたのだった。

のっぴきならないことになっていく扉を開けてしまったところで、今日のお話とさせていただきます。次回から、しだいに叔父叔母の本当の生活が見えてきます。お楽しみに!
本当に同じような境遇に「今、ある!」という方がいらしたら、慎重に、かつ、納得のいく判断をしながらしっかり相談にのってあげてください。
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