叔母をみとる 第2話 父との約束

2005年の秋から冬は、とても忙しかった。お正月に旅行に行ったあとは、仕事に追われていた。

その日、久しぶりに父と私たち夫婦の3人で出かける約束をしていた。弊社に正規で勤務することになったデザイナーの女の子の卒業制作展を見にいくのだ。

場所は私の母校だ。

父は私の時も見に来てくれた。今回はアルバイトから勤務している、その子の卒業制作展を見たいというのだ。父は仕事で写真を、趣味では木彫りをしていて、美術館や博物館で展示を見るのが好きだ。私は子どもの頃からずっと一緒に見学に行っていた。今回もその一つ。

展示作品を、一通り見て回ったあと、近くにある喫茶店で休憩をした。作品についての話もそこそこに、そこで父は思いがけない話を始めたのだった。

「お母さんと一緒になって、本当によかったと思う。性格も自分とは違って穏やかで、とにかく暖かい家庭ができた。何と言っても、お母さんつくる食事は結婚当初から本当に自分の口には丁度よかった。・・・ただ一つ、お母さんは、うじうじするところがあるから、自分が死んだあとのお母さんのことをお前に頼みたい」と、急にそんな話をするのだ。

私には弟がいるので、「お父さんには長男もいるし、それに私よりも頼りになるのは、私の夫の伸さんでしょう」と私は、わざと冗談まじりに目の前の夫に話しをふった。

すると父は、「もちろんお前たち二人に頼みたいのだけれど、ま、お前なんだ!」と、う〜っと下を向き、首を捻るようにして考えながら、繰り返し言った。

そして、ふっと、 顔をあげて、「もう一つある。ふみ子のことだ」と言い出した。

「ふみ子には子どもがいないし、他の兄弟はみんな関東とはいえ、地方にいる。だれも最後を看取るものがいないから、それもお前に頼みたい」と言ったのだ。

私と夫は顔を見合わせて、昨年の叔母の様子を目に浮かべた。父もきっと思う所があったのだろう。私はここで、さっきの父と同じように、うつむきながら首を捻って考え考え、父に問いてみた。

「叔母ちゃんの面倒をみるってことは、病気になったら看病するってこと?」

父は、「そういうことではなく、もう本当に死の床に着いた時には最後の始末をつけてやってほしい。また寝たきりになったり、認知症でやむなくなった場合も、看てくれる施設に申請してほしい。おまえに長年看病してほしいとか、そう言う事ではないよ。それにその費用は、ふみ子が持っているよ。そのお金で亡くなった後のお骨を埋める最後の面倒をみてやってほしい」ということだった。

そう、叔母はある程度のお金持ちということで親族ではとおっていた。

「でも叔父ちゃんがいるよね」と私が聞くと、父は、「叔父さんがいれば叔父さんがやるだろう。が、最後にふみ子が残った場合は、そうしてほしい」

「じゃあ、先に叔母ちゃんが逝った場合の叔父ちゃんはどうするの?」と、私はそこまで聞いてみた。すると父は、「それは叔父さんには親戚があるからそっちでやるだろう。そのことはお前には関係ないよ」と言ったのだった。

その帰り道、父は新宿のハンズに彫刻刀を買いに行くと言って私を買物に付き合うように誘ったが、夫が「仕事が溜まっているぞ!」というので、父とは駅で別れた。

ちょうどその頃、新型インフルエンザが蔓延していた。

タミフルという特効薬ができていたので、今回の新型コロナウイルスほどではないが、かなり騒がれていた。父は遊びに来た孫から感染し、我が家では家族中が新型インフルエンザにかかってしまった。

あのお出かけの日から、2週間程度経っただろうか、父と私は向かいにある係り付け医の待合室にいた。しげしげと二人でちょうど向かいに面した自分の家を眺めながら、ぼーっと話をした。

その夜、父はタミフルを飲んで改善したように見えたが、深夜に浴槽で死亡。タミフルによる事故死だった。

あくる朝、8時、階段を駆け上がってくる足音で目が覚めた。

父の死を発見した母の足音だった。

昨夜、父はお風呂を洗ってくれて、母や私に、もう熱もないのならと、入るようにすすめながら、リビングにぺしゃんと座って、親子3人で膝をかかえながら、とりとめもない話をしたのが最後の会話となった。

「お父さんにはまだ入っちゃダメだよって、言ったのに!」母は私の夫の伸さんにすがって泣いていた。

2週間ほど前の、あの時、あの喫茶店での父は、まるで自分の死を予見するかのようだった。私に母と叔母のことを託して逝ってしまった。まるで遺言のようだ。

その帰り道に買い物に付き合ってほしいと言った、父を振り切って帰ってしまったことがとても後悔されてならない。もう少し話したいこと、言っておきたいことが、あったのではないだろうか。

*資料:新型インフルエンザ等対策政府行動計画

そろそろ父の日!これを書いていると父を思い出します。
コロナ中の今、生きていたら旅行に行きたがるでしょうね。
美味しいお取り寄せか?コロナに関与すると言われている歯周病菌でもあるプレボテラ細菌をなくすための歯ブラシかな〜?

cnobu
  • cnobu
  • ルラックのクリエイティブmission blog 著者の 株式会社ルラック 代表取締役 紀中しのぶ です。
    どんどん大きな社会問題が浮上していく中で、クリエイター集団の「私たちにできること」をアイディアとして考えていく「仕事のアイディア」では、いくつかのビジネスプランニングが生まれています。デザイン力・企画力・技術力・長年培ってきたノウハウを、この小さい会社の経営者が全ての方に向けて公開していきます。
    「 しのぶ奇譚」では、私自身の体験談を記載していきます。七転八倒しながらアップダウンの大きな人生を歩んできました。この生き方が、誰かのヒントになったり、怖い体験では、ハラハラしたりと、少しでもサイトを楽しんでいただけたらと思っています。
    未来の素敵なニッポンへ、私たちと一緒に一緒に向かいましょう。