叔母をみとる 第7話 返済ができない

2007年8月、ふみ子の夫の連帯保証人になった。

その時、◯◯信用金庫とふみ子夫婦へ私から出した条件は、2年以内に母屋を売却し、老後の体制を整えること、というものだった。

それからしばらくは何の連絡もなかったので、私もいつもの生活に戻っていった。

2・3ヶ月経った頃に、私もふみ子のことが気になっていたので、お互いに連絡をとった。「会いたい!遊びにおいで。」と、いつもふみ子は言っていた。今の私ならば、その時のふみ子の寂しさが実感できる。が、その時の私は、寂しいんだろうな〜。何か不安なんだろうな〜。と言うくらいなものだった。

秋風が吹き始めた頃、私は、ふみ子の家に遊びに行った。

ふみ子夫婦はとても歓迎してくれて、近所のお客さんが来ると私を姪だと言って紹介してくれた。夕方になり、私の夫を呼んで食事に行こうと言うので、4人で出かけた。

ふみ子はお寿司が好きだったので、お寿司を食べに行こうと言って向かった先が、大きな回転寿司で、私と伸さんはちょっと意外に思って顔を見合わせた。

でも駐車場のこともあるので、こうした選択をする土地柄かな。と思って納得した。

なんせ、江戸川区のこの辺りは、タクシーも然程流していないし、私の住まいと比べるとかなり車文化な場所だった。

食事をしながら、伸さんは何となく、売却は進みそうか?など、家の話題も口にしていた。しかし、叔父はまだ何も手続きを進めていないようで、すぐに売却しようという風には見えなかった。

そんな二人の会話を他所に、独身時代まで、あんなに上等なものばかりを口にして、贅沢に過ごしていたふみ子が「美味しいね!美味しいね〜!」と微笑みながら、お寿司を無邪気に食べている様子がとても不思議に見えた。

そしてふみ子は「ここは大きなお寿司屋さんだろう!中々こんなに大きな寿司屋はないだろう。どんどん握ってもらいなさい。叔父さんは、ここの株主さんなんだよ。」と自慢げに言ったので、私はまた混乱した。

そこの回転寿司は、郊外店らしい確かに大きな店で、カウンターも他方に広がっていた。また回転ベルトの位置が低く、確かに回っていると言う印象は少ない。お客も普通のお寿司屋さんのカウンターのように板さんにネタを頼んで握ってもらっていた。

私は、今でも、あの時の、ふみ子おばちゃんの嬉しそうな、楽しそうな、子供のような笑顔が目に浮かぶ。それだけでも良かったと思う。

商店街の泥棒がまだ捕まらない話や、本当の兄弟じゃないかも!という話も、また再度話題となり、ある程度したところでお開きとなった。

呼び出されて来てくれた伸さんの運転で我が家へ帰る道すがら、叔母の様子の疑問点を伸さんに打ち明けると「おばちゃんは、どう言うわけだか、結婚してからあの商店街から外へは一人で行ってはいけない。兄であるお義父さんとも行ったり来たりの交流は避けるように言われてきた。それに子供がいない・・・。だからね、回転寿司っていうスタイルができたことも、一般世間のこととは隔離された世界で生きてきたんだろう。」

「じゃ、今だに回転寿司って知らなかったってこと!」と私が驚くと、

「そうだろう。なんであそこから、他に出てはいけなかったのかな〜。」と伸さんはため息をついた。

その年の師走、叔父は返済に躓き、◯◯信用金庫から連帯保証人である私に連絡が入った。

仕事も詰まっていたので、忙しい中を縫うようにして私はふみ子夫婦に会いに言った。

お店を覗くとふみ子は編み物をしていた。落ち着いた様子で「どうした?」って突然、訪問した私に驚いていた。

「返済のことで、◯◯信用金庫から連絡があったよ。どうしたの?」と私が問うと、ふみ子は目を丸くして驚いた様子で「叔父さん、配達に行っているからちょっと待っていて。」と言った。

すぐに叔父が戻って来たので「店の収益は?年金は?」と畳み掛けた。

すると叔父は「入金を忘れていた。」と一言。

何かおかしいと思った私は「帳簿を見せてもらえないか。収支状況を確認したい。それに売却を進めてほしい。」と言ってみたものの、「まだ売る気はない。」との叔父の一点張りで話にはならなかった。

そして、その年の大晦日、私たち家族は正月の恒例家族旅行のため、千葉県の館山方面へ向かった。途中、父やふみ子の生家である父の実家を訪ねるのも恒例となっていた。

父の弟で実家の党首である叔父に今までの経緯を話すと「お金のことはまずいぞ。お金のことでふみ子夫婦と関わることはやめなさい。そして今から老人ホームを探すなり、早めに動くように。」とアドバイスを受けた。

私の弟の長男である甥っ子も連れての楽しい旅先であった。父の生家を後にして、ふと、ハンドルを握る夫の横顔を見ていると「ふみ子のことを頼む。」と言う父の言葉が蘇ってきた。

「ねえ、伸さん。お父さんが、ふみ子おばちゃんのことを私たちに託したのって、やっぱり本家のおじちゃんには頼めそうにないだろうって思っていたからなんだね。」と聞いてみた。

すると伸さんは「そうだろうな。距離もあるし、おばちゃんにとっても弟だからな。兄さんとは違うよ。難しいと思っていたんだろうね。」と答えた。

あの時、私たちは、お互いに漠然とした決心を固めていったように思う。・・・新たな展開を前に、今日はここまでとします。

私と会うことを本当に嬉しそうに思ってくれていたふみ子のあの無邪気な笑顔を思うと、胸が痛む。
そして私の夫の伸さんのことを「大〜い好き!あの人はいい人だ。」って言っていたふみ子も、いい人だった。

この間、いつもなら5月のはやるはずの植木の剪定をやっとやりました。関係ないのに、コロナで湯鬱で遅れちゃった。
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